峻岳の詩吟うん

 

7言絶句  「折楊柳」と 楊 巨源



       折塔柳  楊 巨源

水邊の楊柳 塵の絲
 馬を立め 君を煩はわして一枝を折る
惟 春風の 最も相惜しむ有り
 慇勤に 更に手中に向って吹く

〔詩形〕七言絶句
〔脚韻〕 絲・枝・吹

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【語釈】

  折楊柳: 別離の時に歌う楽曲の名。
  楊柳 : もともと「揚」はかわやなぎ、「柳」はしだれやなぎを指すが、
       ここでは「揚柳」でやなぎの総称ととらえればよい。
  
塵絲: 黄緑色の芽をつけた柳の枝。「塵」はこうじのかび。
       カビの色が黄緑色をしているので、柳の芽にたとえられる。
  相惜 : (それ)を惜しんで。ここの「相」は「たがいに」の意ではなく、
       対象を示す用法。
  慇勤 : 心をこめて。「慇懃」となっている本もある。
  更  : いっそう。ますます。「肯」になっている本もある。
  向  : ~で。習慣的に「むかう」と読んでいるが、方向を示す用法ではなく
       「在」と同じく場所を表す前置詞。詩にはよく用いられる。

【通釈】

 川辺の柳が、麹にひく糸のように細やかな黄緑色の若芽が萌え出でている。
 馬を止め、あなたにその一枝を折っていただきましょう。
 春風が柳の枝との別れを惜しむかのように、あなたの手の中にある小枝にまで優しく吹い てくるではないか。

【参考】
 「折楊柳」とは、単独の詩の題名ではなく、楽府題(がふだい)という定番のテーマの一 つである。楽府(がふ)の歴史は漢代にまでさかのぼる。ただし、漢代の楽府は楽器の伴 奏と歌唱をともなう詩歌であったが、唐代のそれは必ずしも演奏形式のものではなかった らしい。むしろ作詩の工夫のほうに重点が置かれていたのであろう。

 したがって、同じ楽府題に複数の作者が詩を残している場合も多い。
 古来より中国では、送別の際に楊柳の枝を取って輪をつくり、旅立つ友へ贈る習慣があっ た。もっともこの詩が、実際に別離の場面で詠じられたかというと、どうもそうではない ような気がする。
 送別詩の絶唱である王維「元二の安西に使いするを送る」のような、旅 中の無事を切に 祈って友を送り出す際の、情感の高まりが見られないからである。
 むしろこれは、手折った柳の小枝に春風が香るという表現上の機知を楽しむために、
 「別離の場面を仮想して作った詩」と見たほうがよいようだ。

 送られる友人(あなた)に頼んで、柳の一枝を折らせるところなどがおもしろい。
   

 

 揚 巨源(よう きょげん:生歿年不明)

【略歴】
  中唐770年頃の人で生没年不明、
  本籍地が河東(山西省)の人。字は景山。
  貞元5年(789)に進士に及第、若くして進士に  及第しているので才能があったのだろう、
  書郎を経て太常博士となった。 
 


古来より中国では、送別の際に楊柳の枝を取って輪をつくり、
旅立つ友へ贈る習慣があったが、
 むしろこれは、手折った柳の小枝に春風が香るという
表現上の味わいを楽しむために、
「別離の場面を仮想して作った詩」と考える方が自然だ。

 江戸時代の学者室鳩巣は「駿河台雑話」の中で、この詩をふまえ、
「なれて吹く名残りや惜しき青柳の手折し枝をしたふ春風」と歌った。
春の柔らかな風情を胸いっぱいに味わう気持ちで詠じてみたい。

漢詩のなかの春の風景も、なかなか捨てがたい。
やわらかな陽光に映える水辺の柳。
今の中国に、それを探すことは甚だ難しくなった。










   

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