峻岳の詩吟うん蓄

 

「座右の銘」崔 子玉と(俳句)芭蕉



  座右の銘  崔 子玉
       (俳句)芭蕉

 人の短を 言うこと勿れ
  己の長を 説くこと勿れ

 物いえば 物いえば
   唇寒し 秋の風
 物言えば 物言えば
   唇寒し 秋の風

〔詩形〕 漢詩と俳句
〔季語〕 秋の風:初秋・兼三秋

【語 釈】
 唇寒し=気のせいか、唇の辺りがさむざむと感じられること。

       中国伝統の諺「唇亡びて歯寒し」(『春秋左伝』等による)
【通 釈】
  人中で物を言えば、えてして言わずもがなのことまで口を滑らせてしまう。
  秋風の中に立って、心に悔やまれることの多いこの頃である。  

【崔 子玉】   

 崔子玉は後漢の大学者で政治家。77-142年。
 座右の銘は、5言20句からなる漢詩であり、これはその冒頭の2句である。
 人の短所を言わず、自分の長所も言わないでおこう。
 人に物品を与えたことは気に掛けず、与えられたことは注意して忘れないようにしよう。 と続く。
 学術が人を殺す。これはちょっと常人の考えでは及ばぬ深刻で恐るべきもの。 これは政治のように誰にも分かる性質のものではない。戒めの詩である。

【芭 蕉】

  本名は、松尾宗房。伊賀国上野(三重県)出身、
 幼名金作。6人兄妹の次男。井原西鶴、近松門左衛門と並んで、元禄3文豪に数えられる(西鶴は2歳年上、近松は9歳年下)。松尾家は準武士待遇の農民。12歳の時に父が逝去。18歳で藤堂藩の侍大将の嫡子・良忠に料理人として仕える。
 藤堂高虎を藩祖とする藤堂藩には文芸を重んじる藩風があり、芭蕉も良忠から俳諧の手ほどきを受けて詠み始めた。20歳の時に『佐夜中山集』に2句が入集。22歳、師と仰いでいた良忠が没し、悲しみと追慕の念からますます俳諧の世界へのめり込んでいく。
 45歳の時に「奥の細道」の旅に出る。
   

【詩の心】

 『芭蕉庵小文庫』には〈座右之銘 人の短をいふ事なかれ 己の長を説くことなかれ〉と前書。またある真蹟懐紙には《ものいはで ただ花をみる友も哉とは何某鶴亀が云けむ我草庵の座右に書付けけるをおもひ出して》と前書きする。
 「座右の銘」《人の短を》云々は、『文選』巻28、崔子玉によるものであり、
 「人の短を道うこと無かれ、己の長を説くこと無かれ。人に施しては慎んで念ふこと勿れ、施しを受けては慎んで忘るること勿れ・・・・・・。」
 他人の足りないところを謗り、己の長を誇ることは、誰しもが経験することである。そしてこの種の言葉は、そのままむなしくわが胸に返ってくることも人はよく知っている。もちろんこの句はそんな芭蕉の自戒の話として書きつけられたものである。  

 漢詩と俳句のつなぎに、自戒の念を込めて詠じてみたい。

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